ステーブルコインのDAIはその仕組みが複雑なことで知られるが、DAIプラットフォームを運営するMakerDAOの創業CEO、ルーン・クリステンセンのインタビューがUnChainedポッドキャストでリリースされた。1月29日のパート1、2月5日のパート2の2回に分かれたインタビューの要点を以下にまとめた。(DAIについては、以前のブログを参照。またオリジナルのポッドキャストはリンク先に書き起こしもある。)
[復習] MakerDAOはDAIとMKRの二種類のトークン・コインを発行している。MKRはDAIのシステムを円滑に運用するためのガバナンス用トークン。
現在のユーザから見たDAI発行の仕組みは
- イーサリアム(ETH)を担保に収めるとDAIが借りられる
- DAIを返すとETHが返ってくる。返したDAIはここで消滅(バーン)する
- この際に「スタビリティ・フィー」として0.5%取られる
というのが基本のプロセスとなっている。
そこで問題となるのは、「DAIを借りている間にETHの価値が下がってしまったらどうするのか」ということ。DAIのプラットフォームでは、ETHの市場価値が大幅に下がっても、担保として預けてあるETHが借りているDAIの価値を下回らないよう、何段階かのプロテクションがある。
プロテクション1:
- まずそもそものバッファーとして、1ドル分のDAIを発行するためには1.5ドル分のETHを担保として収める必要がある。ETHの値段が下落したら、それに応じて「借りているDAIの価値の1.5倍のETHが担保になっている状態」までETHを積み増さなければならない。この「1.5倍」はリクイデーション・レシオと呼ばれる
- テクニカルには、「ETHを担保にDAIを借りる」というところでCDP(collateralized debt token)というトークンができ、それに対して上記の「積み増し」をしていく
プロテクション2:
- 担保価値が借りているDAIの額の1.5倍を切ると、スマートコントラクトでそのCDPは売却(リクイデート)される
- リクイデート・ポイントに達したCDPのETHは市場でオークションされる
- ここで、13%の「リクイデーション・ペナルティ」を取られる。(ほとんどの人は、このペナルティを取られるのを防ぐため3倍分のETHを担保に入れている)
- 2008年のリーマンショックを見ても、致命的な金融システム崩壊が起こるのは、金融市場参加者のcomplacency – 「今まで大丈夫だったのだからこれからも大丈夫」とリスクへの注意力を失ってしまうこと。リクイデーション・ペナルティがあることで、CDPホルダーが個々に自分のポジションを常に監視することを喚起できる
- 将来的にはリクイデーション・ペナルティはスタビリティ・フィーと連動し、どちらかを高くしてどちらかを低くすることができるようにしたい
Keeper
- 上記のシステムが円滑に運用されるよう「仕事」をするボット(を管理する人)はkeeperと呼ばれる。この機能は他のトークンでのマイナーと似ているので、最初は「mining 2.0」といった命名も考えていた
- 仕事の内容は
- Dai Core、OasisDEX、その他多数の取引所を監視し、価格差が生じたらすぐにアービトラージ取引をし価格差があまり生じないようにする
- リクイデーション・ポイント(1.5倍)に達したCDPを買取り、即時に一般市場で売却することでリクイデーションを実行する
Oracle
- システムにETHの価格をフィードするのがOracleの役割
- OracleはMKRホルダーが投票して選出する
- 現在14の異なるETHアドレス(の所有者)がOracleとなっている。OracleにはMakerDAOと、古くからいる信頼できるコミュニティメンバーが任命されており、それぞれが異なるアルゴリズムで複数の市場のETHの価格から適正なETH市場価格を算出する
- さらにスマートコントラクトが14の価格から中央値を計算してMKRシステムにプッシュする
Oracleのセキュリティ
- 全Oralceのうち51%がハックされる(もしくは悪意で動く)と、市場値と異なるETH価格をプッシュすることが可能になってしまう
- これを防ぐためいくつかのセキュリティメカニズムがある
(1) Oracleセキュリティメカニズム1: 緊急シャットダウン
- 個々のOracleの価格はまずOracle Security Moduleにフィードされ、そこで1時間ホールドされたのちにシステムにフィードされる。MKRにプライスがフィードされるまで約1時間遅延があるので、その間に異常値を発表したOracleを発見することができる。
- 1時間の間にOracleのフィード値の異常が発見されたら、緊急シャットダウンがトリガーされる
- ETHの市場クラッシュ、システムハックその他色々な理由で緊急シャットダウンはトリガーされる
- 緊急シャットダウンが起こると、最も最近の正しい価格フィードでシステムをフリーズ、全アセットはその時点の価格で売却される
- 緊急シャットダウンは基本的に起こらないことを想定している。「核の脅威による平和」のような感じで、このメカニズムがあることでバッドアクターが出ないように設計されている
(2) Oracleセキュリティメカニズム2:Emergency Oracle
- 上記と冗長性のあるもう1つの仕組みがEmergency Oracle。こちらは「人的な判断」を行うもので、Emergency Oracleという役割の人が通常のOracleとは別に任命されており、一人でも緊急シャットダウンをトリガーできる
- 想定としては、MKRホルダーが悪意を持った行動に出た場合にEmergency Oracleが抑制力になるよう設計されている
- 加えて、かなり少ないマイノリティシェアのMKRホルダーも緊急シャットダウンをトリガーできる
以上のように、DAIのシステムは問題があるとすぐに緊急シャットダウンされるように設計されている。そうなると、「シャットダウン・トロール」が無意味にシステムをシャットダウンするリスクもあるが、緊急シャットダウンのあとは迅速に新しいシステムに移行するように準備している。将来的には、エンドユーザからはウォレットのボタンをタップするだけで新システムに移行、緊急シャットダウンがあったかどうか考えなくてもよいような仕組みを考えている
MKRホルダー
- リクイデーションペナルティ、スタビリティフィー、リクイデーション・レシオ(担保比率)を決定する
- リクイデーションペナルティとスタビリティフィーは市場からのMKRの買取りに使われ、この買取の結果として結果的にMKRの価値があがることになる
- MKRは、ERC20トークンで、ICOはせず、貢献するコミュニティメンバーに少しずつ時間をかけて売却していった。チャットルームでコミュニティに来て貢献をした人たちが最初は対象となった。その後、彼らがMakerDAOが作ったOasis取引所で自発的に取引を始めた
- MKR次にVCに売却するようになった。最初はPolychain Capitalで、PolychainはReddit等のMKRコミュニティでMKRホルダーと対話して同意を得て購入した。Andreessen Horowitzが去年MKRを買った時にはコミュニティは大きくなりすぎていたので、そうしたプロセスは経ずにMakerDAOから直接売った
CDPのリクイデーション
- 毎月だいたいCDPの1-2%がリクイデートされているが、数ヶ月前には20%近くリクイデートされた
- 当初、ETHの価値が下落したら、担保の積み増しをするよりDAIを返却してCDP解消する人が多いだろうと思っていたが、意外にもETHを積み増す人が多い
- 去年ETHは1400ドル超から100ドル以下まで下落したが、それでもDAIの価値は1ドルに保たれた。この間ETHの担保がどんどん増えていったので、一時期はETHの供給量の2%がMKRシステム内にあった
CDPの法的な扱い
- CDPはいわば先物であり、例えばアメリカだったらCFTC(商品先物取引委員会)の規制対象となると考えられるが、現状クリアになっていない
- 世界的にも法的な扱いがクリアなのはシンガポール、日本のみ
DAIの利用方法
- 多数のプロジェクトがDAIをベースに構築されている
- スタートアップが海外のスタッフへの支払いにビットコインの代わりにDAIを使うこともある
- フィアットからのオンランプのない分散型取引所でのETHの取引のほとんどがDAIで行われている
- DAIのベロシティは非常に速く、BTCの数倍ある。(他の取引やアプリのツールとして使われることを思えば当然ではある)
MakerDAOと他の機関とのパートナーシップ
- WIRE (ブロックチェーンでの送金会社)
- フィアットからのオンランプ(一般の銀行とリンクしてフィアットからクリプトに交換する)はWIREが用意し、WIREはDAIを送金の際に使うことでボラティリティリスクを避けることができる
- WIRE以外にも同様の送金サービスをDAIを利用して作っている会社が複数ある
- Tradeshift(100万社以上のユーザのグローバル・サプライチェーンプラットフォーム)
- インボイスをトークン化しそれを売却することでトレードファイナンスを提供、その決済にDAIを利用
- Compound(クリプトを貸し借りできるマーケットプレース)
- Compoundがユーザに、どのステーブルトークンを扱ってほしいかアンケートしてDAI導入が決まった
- Compound上でDAIを貸して(担保にして)Augur REPを借り、REPをショートするのがよくある取引で、当初はこれで年利10%近くのリターンがあったので人気だった
- 0x(クリプト金融取引プロトコル)
- 0xを利用して分散型取引所を運営するRelayerのRader Relayで、ETH-DAIペアの取引が行われている
参考:DAIの流通量8854万ドル(約100億円)、MKRの流通量は6億5675万ドル(約700億円)